なぜ“バラバラ”なアルバムが、人類史上最も売れたのか
今、話題となっている映画『マイケル/Michael』。
公開前から注目度は高かったけれど、実際に多くの人が反応しているのを見ると、あらためてマイケル・ジャクソンという存在の大きさを感じる。
この映画をきっかけに、彼の全盛期をリアルタイムで体験した世代だけでなく、後から映像や音楽で知った若い世代にも、ファンが広がっているように見える。
私自身もこの映画を見て、久しぶりにマイケルの音楽とビジュアルの世界に触れ、そのすごさを再認識した。
思えば私が小さい頃、母はマイケルの音楽をよく聴いていた。家の中では、彼のショートフィルムなどの映像も流れていた記憶がうっすらと残っている。とはいえ、当時の私はまだ小さかったので、マイケルの存在を深く理解していたわけではない。
ただ、あの人はなんだか普通ではない。
子どもながらに、そんな感覚だけは残っていたように思う。
最近、レコードを少しずつ集め始めているのだけど、そういえばマイケルのレコードはまだ持っていなかったことに気づいた。そこで、まず購入したのが『Thriller(スリラー)』。この作品は、人類史上最も売れたアルバムで、40年以上経ったいまも、その記録は誰にも破られていない。まさに「化け物級」にヒットした一枚。

発売から44年を経て、ギネス記録に貢献しました。
違和感だらけのアルバム
このアルバムのジャケット写真は、おそらく多くの人が一度は見たことがあるのではないかと思う。黒い背景の前で、上下白いスーツを着たマイケルが、ゆったりと横たわるようにこちらを見ている。品があって、少し気だるげで、それでいて完全に自分の見せ方を知っているようなポーズ。いかにもスターのポートレートという感じがする。
私はずっと、このジャケット写真を「知っているつもり」でいた。
けれど、レコードの大きなサイズで写真を眺めたとき、ふと気になるものを見つけた。
マイケルはクラシカルなスーツ姿なので、私はずっと、その中に着ている服はボタンシャツのようなものだろうと思っていた。
ところが、よく見るとそうではない。
中に着ている黒い服は、なんと、ジッパー型のシャツ?トレーナー?
とにかく、ボタンじゃない!
こんなこと、ものすごくどうでもいい細かいことかもしれない。けれど私は妙に、このコーディネートに、大げさでなく衝撃を受けてしまったのだ。きっと、数十年の間「知っていたつもり」だったビジュアルイメージが覆されたことに驚いてしまったのだと思う。
さらに、白いジャケットの胸元には、ヒョウ柄のようなチーフが見える。そしてアルバムジャケットを開くと、なんと子トラと一緒に写るマイケルが待ち構えている。

カメラ目線じゃない子トラちゃんかわいい。それにしても、小さいスマホ画面で見るのと、大きなレコードで見るのとでは、ジャケットの印象も違いますね。大きいからこそ細部が重要になってくる。
クラシカルな白いスーツ、スポーティーなジッパー、そして、トラ。
しかも、そもそものアルバムタイトルは『スリラー』である。
優雅な筆記体で書かれた言葉が、スリラー。なぜ??
ジャケット写真を見るだけでも、このような小さな違和感がいろんなところに潜んでいることがわかる。
けれど、よく考えると、この違和感は単なる「ちぐはぐさ」とは少し違う気もする。
白いスーツは、クラシカルで上品なスターの肖像として見ることができる。ジッパーのついた服は、スポーティーで若々しさや現代性を感じる。トラは、野性味のあるセクシーさやサーカス的な非日常を連想しつつも、子トラなので、そこには幼い可愛さもある。
そして『スリラー』というタイトルは、これまでに想像したことのない驚きを演出している。
つまり、このジャケット写真は、ひとつの方向性で固定されているというより、いくつものイメージを同時に持っている。
そして、その構造は収録曲にも広がっている。
今回、改めて通しで聴いてみて思ったのは、「結構ジャンルがバラバラだな」ということ。
『Beat It』のようなロックな曲もあれば、『Billie Jean』のようなミニマルで硬質なダンスビートも、『The Girl Is Mine』のようなポール・マッカートニーとの軽やかなデュエットも、『Human Nature』のような都会的な曲も、『Thriller』のようなホラー映画的な演出まで詰まっている。同じアルバムの中で、これほどジャンルの違う曲が並んでいるとは。
実際、このアルバムのプロデューサーであるクインシー・ジョーンズは「あらゆる層にアピールするには、ロックやポップだけでなく、R&Bからソウルまで、さまざまなジャンルを取り入れる必要があった」と語っているそうだ。
一見バラバラなものが集まっているように見えて、そのバラつきは意図されたものだったことがわかる。
ブランディングには「統一感」が必須なのか
私が身を置いているマーケティングやブランディングの世界では、「世界観の統一」はとても重要なものとして捉えられている。
色を揃える。写真のトーンを決める。言葉づかいを統一する。
見た瞬間に「あのブランドらしい」と感じられるように、ビジュアルや言葉の方向性をまとめる。
とあるブランディングのHow to本では、「バラバラな印象はブランディングの敵」とまで書かれていた(あえて本の名前は出さないけれど)。
たしかに、バラバラに見えるものは存在として弱くなりがちだ。
たとえば、ロゴの雰囲気と店舗デザインが合っていない。SNSの言葉遣いと商品の価格帯が噛み合っていない。広告では上質な世界観を打ち出しているのに、実際の接客やパッケージは安っぽく見える。
そういうズレは、ブランドへの信頼を削ってしまう。
そもそも、商品やサービスを作るときには、まず「ペルソナ」を設定しましょう、という話になることが多い。
ペルソナとは、簡単にいえば「商品やサービスを届けたい理想的な人物像」のこと。
たとえば、新しい家具ブランドを立ち上げるとする。
その場合、単に「30代女性向け」とするのではなく、もう少し具体的に人物像を描いていく。
「34歳、清澄白河在住。夫と二人暮らしで、1LDKの賃貸マンションに住んでいる。本人は日本橋にある化粧品メーカーでEC販促の仕事をしており、週2日は在宅勤務。夫は品川のIT企業でプロジェクトマネージャーをしている。世帯年収はXXX万円前後。平日は帰宅が20時近くになることも多い。家具はIKEAや無印で揃えてきたけれど、30代半ばになって、少しずつ“ちゃんと選んだもの”を置きたい気持ちが出てきた。ただ、いきなりヴィンテージ家具や海外作家ものに大きく投資するほどの知識や自信はまだない。週末は近所のカフェに行ったり、美術館の展示を見に行ったりする。SNSは主にインスタグラムを見ている」
……などなど。
このように、年齢や性別だけでなく、住んでいる場所、収入レンジ、よく見るメディア、休日の過ごし方、買い物の判断基準、憧れているもの、逆に抵抗を感じるものまで細かく肉付けしていく。ついでに、このペルソナに名前までつけて、徹底的にリアルな人物像を描くこともある。
そうすることで、商品の価格帯、デザイン、パッケージ、広告コピー、店舗を作るならその内装や接客のトーンまで、「この人に届けるならどうあるべきか」を判断しやすくなる。
インテリアの世界でも、統一感が重視されることは多いと思う。
バラバラなテイストの家具を置いたら空間がチグハグになるので、デザインや世界観は統一されているほうが美しい、という認識が一般的ではないだろうか。
一方、史上最も売れたアルバムである『スリラー』はどうだろう。
すでに説明したとおり、おおよそ、「統一感」という言葉はそぐわない作品だ。
けれど不思議なことに、「これはマイケルの作品である」というカラーは恐ろしく強く出ている。
ただバラバラなものと、『スリラー』のように多様でありながら強烈な印象を残すもの。その違いは一体どこにあるのだろうか。