生活水準を下げたくないという願望

しがみつく人と、潔く手放す人の違いについて。
Miwako 2026.04.10
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シカゴ近郊のオーク・パークという住宅街。この写真のフランク・ロイド・ライトの家をはじめ、歴史遺産レベルの家がずらっっと並んだ大変美しい地域。

シカゴ近郊のオーク・パークという住宅街。この写真のフランク・ロイド・ライトの家をはじめ、歴史遺産レベルの家がずらっっと並んだ大変美しい地域。

想定を超えてくるレシートの合計金額

ここ最近、スーパーで買い物をしてレシートを見るたびに、「え、こんなに買ったっけ?」と思ってしまう。

ピーマン、キャベツ、しいたけ、豆腐、鶏肉……。

特別なものは何もない、ごく普通の食材ばかり。

1パック1,000円近くするイチゴを買ったわけでもないし、松坂牛を買ったわけでもない。

それでも、合計金額だけが想定を超えてきて、「あれ?」となる。

この違和感は、単なる値上げへの驚きというより、もっとじわじわとした不安に近い。

円安や不安定な世界情勢など、自分一人ではどうにもできない大きな流れが、確実に生活の足元に入り込んできている感覚。

画面越しに見る政治家の一挙手一投足が、私たちの日々の生活と直結している。

そんな、妙に嫌な方向の「グローバルさ」を感じるようになった(一昔前、グローバルという言葉にはキラキラした夢を感じていたけれども)。

「家」に執着した男

先月、パク・チャヌク監督の最新作『しあわせな選択』を観てきた。

『オールド・ボーイ』(最近のBTSのMVでもオマージュされていましたね)や『別れる決心』で知られる韓国映画界の鬼才が描くのは、ある男の転落と暴走。

イ・ビョンホン演じる主人公マンスは、製紙会社で25年間真面目に働いてきた中年男性。

彼は、美しい妻と可愛い娘と息子、そして2頭のゴールデンレトリーバーに囲まれ、立派な庭付きの一軒家に住んでいる。

絵に描いたような幸せなファミリー。

しかし、突然のリストラを境に、その日常はあっけなく崩れ始める。

再就職は難航し、蓄えは底をついていく。

マンスと妻は、家計を守るために車を売り、習い事を辞め、Netflixを解約し、ついには子供たちが可愛がっていた犬まで手放す。

そうやって一つずつ生活を削ぎ落としていくが、状況は好転しない。

ついに、最愛の「家」までも失う瀬戸際まで追い詰められる。

その家は、マンスにとって単なる住居ではなかった。

かつて幼少期を過ごした思い出の地を、自らの成功の証として買い戻し、自らの手(DIY)で理想を形にしてきた、アイデンティティそのものだったのだ。

家を失う恐怖に取り憑かれた彼は、やがて「ライバルの求職者さえいなくなれば、自分が選ばれるはずだ」という狂気じみた発想に至り、殺人へと手を染めていく。

一見サスペンススリラーのようだけれど、本作はブラックコメディに仕上がっている。クスッと笑ったあとに、他人事とは思えない不気味さが薄ら寒く残るような。

この映画について、パク・チャヌク監督はインタビューでこう語っている。

「資本主義システムの不条理、失業者への憐れみ、失業した本人たちの怒り。“笑い”によって、そうしたものをより強烈に描くことができると考えました」

TOKYO ART BEAT「パク・チャヌク監督インタビュー:映画『しあわせな選択』──「笑い」で社会を解剖する」

豪邸を壊した大女優

昭和の大女優、高峰秀子。

今の若い世代で、この女優の名前を知る人は少ないかもしれない。

私も、彼女のことを知ったのはほんの数年前のこと。そのきっかけも、女優としての姿ではなく、書店でふと手に取った、彼女のエッセイだった。

彼女は5歳で子役デビューしてから半世紀もの間、日本映画界のトップを走り続けた伝説的な存在と言われている。

当時の人気は凄まじく、昭和30年代には映画1本のギャラが数百万円に達していたという。当時の大卒男子の平均月給が1万円台だったことを考えると、文字通り桁外れの「稼ぐ女」だったのだ。

驚くのは、そのキャリアの築き方。彼女は、まだ日本に「フリーランス」という概念すら希薄だった時代に、撮影所の専属制度を飛び出し、どこにも所属しない独立した女優として活動した。

そんな彼女が30代で選んだ結婚も、今の日本で見てもかなりチャレンジングなものだった。

相手は、当時ほぼ無名だった助監督。彼は収入が不安定で、時には無収入の時もあるほどだったという。世間からは「世紀の格差婚」と揶揄されるほどの結婚だった。

そんな彼女は、30代の時に、東京・麻布に3階建ての豪邸を構えている。

英国人が住んでいた古い洋館を壊して建て直したその家は、教会建築のような佇まいで、使用人や運転手のための別世帯まで備わった、まさに大スターの豪邸。

来客が絶えず、複数あった応接間が「病院の待合室」のように人で埋まることも。

けれど、彼女は55歳で女優を引退した後、驚くような行動に出る。

まだ、びくともしていなかったその豪邸を壊して、新しい家を建てたのだ。

新しく建てたのは、夫婦二人のための終の住処。 寝室と書斎、そして、リビングキッチンがあるだけの、シンプルな造り。

家を小さくする際、彼女はかなりドラスティックな身辺整理をしていたという。

長年集めてきた骨董品、何百セットもの食器、山のような衣類。さらには人間関係に至るまで、彼女は迷いなく捨て去った。

新しい家に移った際、高峰秀子はこう語っている。

「亀の子束子(たわし)ひとつ、私の気に入らないものはこの家には何一つありません」

「生活水準」は何の基準なのか

人を殺してまで、今住んでいる家を変えたくなかったマンス。

自らの意志で豪邸を壊し、暮らしをダウンサイズした高峰秀子。

この二人(ひとりは架空の人物だけど)の行動の決定的な違い。それは、

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