「プロに頼る」ことは敗北なのか
なんか眠そうな顔してますね。
うちの愛犬マイロは現在1歳8ヶ月。パピーの頃からドッグトレーナーさんに伴走してもらい、今もトレーニングを継続中です。
散歩中に近所の方と雑談していてこの話をすると、よく「えっ、トレーナーさんを!すごいですね」と驚かれます。この「すごい」という言葉、実はちょっと面白いなと思っていて。
ポジティブな反応をいただいていることは重々承知なのですが、その「すごい」の中には、「普通はなかなか、そこまでしないよね」というニュアンスが潜んでいるような気がするのです。
そこには、プロの存在が「日常のパートナー」というよりは、切羽詰まった時のレスキュー隊か、あるいはちょっと特別な贅沢のように、どこか遠くに置かれている感覚があります。
そしてこの感覚は、ドッグトレーニングの世界に限った話ではないように思うのです。
私自身、これまで代理店と事業会社で「仕事を受ける・依頼する」という両方の立場を経験してきました。そしてその現場でも、「自前でやるのが基本で、外注は特殊なこと」という空気を感じる場面が少なくありませんでした。
そこで今回は、自分自身の実体験を入り口に、ビジネスや日常生活における「プロに頼る」という行為の背景について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
「助けてドラえもん!」から始まる関係
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